衆のため大師の使道をしへ

建立情報

建立日: 昭和47年10月

衆のため大師の使道をしへ

解説

この句碑のある丹上大師は弘法大師の諸国巡業の際ここに寺院を建て自らの像を刻んで安置したといわれていて厄除けの大師として今なお参詣が絶えない。

俳人情報

山口誓子

山口誓子

昭和初期に水原秋桜子、高野素十、阿波野青畝とともに「ホトトギスの四S」とされたが、のちに同誌を離反した秋桜子に従い「ホトトギス」を離脱。従来の俳句にはなかった都会的な素材、知的・即物的な句風、映画理論に基づく連作俳句の試みなどにより、秋桜子とともに新興俳句運動の指導的存在となる。

出典

俳句のくに・三重 (三重県庁)
出版: 三重県庁
発行年: 2011

所在地

丹生大師

東海 三重県 多気郡丹生 多気郡多気町丹生3997